大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)823号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕一、<証拠>を総合すると、原告は、造林等を業とする会社であるところ、訴外山崎ミヨキ、中川庸太の所有する本件不動産につき金一、二〇〇万円を被担保債権とする根抵当権の設定を受けており、訴外北陸銀行および北海道拓殖銀行も本件物件に根抵当権を設定していたことろ、関係者間で本件物件を売却しその代金によつて債権を整理しようということになり、昭和四二年春に原告の社員萬濃健一郎が被告に本件物件の売却またはその斡旋方を依頼し、被告の専務理事沢本實、同参与横田稔らは被告を代表または代理してこの依頼を受け、ひとまず被告が本件物件を買受ける手はずで交渉を進めていたのであるが、たまたま右沢本が別の件で刑事々件に関して逮捕されるに及び、右売買に被告名を顕出することをさしひかえることとし、加えて、契約書(甲第一号証)には一度記載した被告名を抹消して転売先である訴外磯田政吉を直接の買受人として掲げることとし、形の上では本件物件の所有者山崎ミヨキ、中川庸太を売主、右磯田を買主として売買契約をなしたが、実質はその中間に被告が介在し被告が転売したものであつたこと、右売買契約はそのような経緯で昭和四三年七月初頃成立し、代金は金三、四〇〇万円とし、内金一五〇万円を除きその余の支払はなされたけれども、その際金一五〇万円の不足があつたのでこれを被告が原告から借り受けたこととし弁済期日を遅くとも昭和四三年一〇月一一日と約したこと、被告の代表者沢本をはじめその関係者は右取引の交渉中一貫して被告名のみを示し訴外エスエフの名を示したことがなかつたこと、が認められる。
なるほど甲第二号証を見ると、これは右売買契約の後日である昭和四四年一月七日付で訴外エスエフが原告宛発した右金一五〇万円の債務確認のための通信文書であり、その中には右金一五〇万円の債務が訴外エスエフの債務であることをうかがわせる記載があり、また、乙第三号証の一をみると、これは右取引の日頃訴外エスエフと転買人磯田との間の本件物件の売買代金およびその支払方法に関する覚書であり、さらに、<証拠>によると本件物件の売買代金中の差益金七五〇万円は訴外エスエフの会計に入れられていることが認められる。しかしながら、前記甲第二号証および証人沢本、同横田、同小池の各証言によると、訴外エスエフはもと被告の温泉開発を目的として設立されたものであり、その代表者は被告の代表者専務理事の沢本貫であり、出資の一〇〇パーセントは被告から出ており、建物事務所は被告の使用するものと同一であり、経理担当者をはじめ、大部分の従業員は多かれ少なかれ両者兼務の実状にあつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定事実に前認定の本件不動産の取引の経緯を併わせ、考えると、前記売買契約後の交渉、代金の入金、原告と関係のない面における交渉が前記のようであつたとしても、それだけの証拠およびそれにより認定された反証的事実のみでは、前記認定事実を左右することはできない。そして前記冒頭の認定事実によると、被告は本件物件を買受け、これを転売し、原告主張のとおりその際原告より金一五〇万円を借り受けたものといわなければならない。
二、そこで、右金一五〇万円の借金の直接の誘因となつた本件物件の買受けが、被告の関係書類の印刷をしている訴外中野印刷の社員寮とするためになされたか否かについて検討するにこれにそう証人萬濃の証言は、証人沢本、同横田、同小池の各証言に照し、にわかに採用しがたく、他に右事実を証するに足りる証拠がない。かえつて、証人沢本および同横田の各証言ならびに前記冒頭の認定事実を総合すると、本件物件の売買の話は、原告らの抵当権者の債権を整理するため、被告の代表者沢本が銀行筋に明かるいことや、理事長が三井銀行の会長であつたことなどの理由により、被告に依頼されたものであり、被告もいずれは転売して転売益を得るためにこれに応じたものであつて、被告として訴外中野印刷の社員寮にあてるなど考えていなかつたことが認められる。
三、以上の認定事実にもとづいて、本件金一五〇万円の借り受けの行為が被告の目的の範囲に属するか否かについて検討する。その検討に際しては以上認定の取引の経緯に照して考えるとき本件金一五〇万円の借り受けの行為はそれ自体独立して考えるべきものではなく、その直接の誘因となつた本件不動産売買の行為との関連において把握すべきものである。なぜなら、本件金一五〇万円の借り受けの行為はむしろ右本件不動産の売買行為の一環をなすか少なくともその付随的な行為であるからである。それゆえ、原告が右両者を分別して判断すべきである旨主張する部分(請求原因4(二)(三))は主張自体失当というべきである。
一般に、本件被告のような公益法人も営利法人と同様に社会的実在として活動し、程度の差はあれ同様に取引関係を結ばざるを得ないのであり、取引の安全を考慮するに彼比区別を設けるべきものではない。主務官庁による監督が十分であるか否かは別論であり、その不十分な点を考慮して公益法人の目的の範囲を営利法人におけるより厳しく解することは立論を誤るものである。それゆえ、民法四三条の適用にあたつても、その法解釈論としては公益法人と営利法人とを区別することは許されない。そして、同条所定の「目的ノ範囲」については、目的記載の業務のみならず外形よりみて当該法人の目的を遂行するに必要な行為もこれに含まれると解すべきである。(ただし、公益法人の目的の内容が取引行為自体を含まないのであるから、営利的取引業務自体を目的とする営利法人よりも具体的な事実認定に際し、後者において目的の範囲内にあるとされる行為が前者ではこれを否定されることがありうることはいうまでもない。)
以上の一般論を前提として、本件についてみるに、被告が「西蔵大蔵経に関する調査研究を行い、その調査研究の結果を広く世界に発表提供して、学術の振興と文化の向上とに寄与することを目的とする。」ことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証によると、被告の寄付行為中第五条には「この法人は前条の目的を達成するために次の事業を行う。
一、西蔵大蔵経に関する調査研究
二、西蔵大蔵経の復製刊行
三、西蔵大蔵経の翻訳刊行
四、西蔵大蔵経に関する資料の収集
五、その他目的を達成するに必要な事業」
と規定されていることが認められる。他方、前記のとおり、本件金一五〇万円の借り受け行為は、その直接の誘因となつた前記の本件不動産の売買取引と一括して把握して考えるべきところ、前認定のとおり右不動産売買の行為が、被告の関係書類の印刷をしている訴外中野印刷の社員寮にあてるためになされたものでなく、むしろ、転売益の収得を目的とした行為であるので、右行為は文言上前掲の被告の目的にあたらないばかりでなくこれを外形的にみても右被告の目的を遂行するに必要なる行為とはいいがたい。
それゆえ、本件金一五〇万円の借り受けの行為は被告の目的の範囲外の行為であると断ぜざるをえない。
四、前記認定のとおり本件金一五〇万円の借り受けの行為は被告の代表者沢本貫およびその代理人参与横田稔らによつてなされたものである。しかしながら、以上の認定事実にもとづいて考えると、同人らの右行為は被告の職務を行うものとはとうてい云い得ない。それゆえ、その余の争点につき判断するまでもなく、被告は原告に対し民法四四条にもとづく損害賠償責任を負担するものとはいえない。 (東孝行)